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メッキ


こないだ古本屋で買った夏目なんとかという作家の小説『それから』を読んでいます。

古びた文庫本なので120円くらいかと思ったら260円もしたこの本。

金持ちの家に生まれて三十にもなってニート生活をしているボンクラが主人公で、なかなか面白い。

そんなかで以下のような一節がございました。

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三、四年前の自分になって、今の自分を批判して見れば、自分は、堕落しているかも知れない。

けれども今の自分から三、四年前の自分を回顧して見ると、確かに、自己の道念を誇張して、得意に使い回していた。

鍍金(メッキ)を金に通用させようとする切ない工面より、真鍮は真鍮として、真鍮相当の侮蔑を我慢する方が楽である。と今は考えている。

(中略)

その時分は親爺が金に見えた。多くの先輩が金に見えた。
相当の教育を受けたものは、みな金に見えた。

だから自分の鍍金(メッキ)が辛かった。
早く金になりたいと焦って見た。

ところが、他のものの地金へ、自分の眼光がじかにぶつかるようになって以後は、急にそれが馬鹿な尽力に思われ出した。

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いいことが書いてあるのか悪いことが書いてあるのかよくわかりませんが

なるほどねえと思うフシがある。

たしかに多くの先輩が金に見えて、自分も金になりたいと思って、メッキ加工に必死になっていた時代もあった気がする。

三、四年よりずっと前だけど。

メッキ加工に必死になるのが愚かなことなのかどうか、それもまた意味があるようにも思えつつ、

一方、見当外れの理想を描いて勝手に人を金だと見なしていたようなところもあります。
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