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胸部


そのむかし、ベルリオーズという音楽家は

J.S.バッハの評価について論争が巻き起こった時

「バッハはバッハである。ちょうど、神が神であるように」

と、スカしたコメントをしたそうですが

わたくしもこの故事に倣って、

「おっぱいはおっぱいである。ちょうど、神が神であるように」

と、日に三度言い放っています。



ここまでは以前にもどこかで書きましたが

いまわたくしは、めっきり性欲が衰え、

あからさまに海綿体の血の巡りが悪くなったといえど

おっぱいのあくなき探求者、おっぱいの旅人のひとりとして、

「なぜ、おっぱいなのか」

について考え抜いています。



小学校で学習したように

おっぱいというのは何らかの機能的な必要性によってふくらんでいるわけではなく

明らかにオスを魅了するための武器のひとつとして発達しているものです

なぜオスたちはあの二つの脂肪のかたまりにこうまで短絡的に魅了されてしまうのか

女子は、なぜオスを魅了する武器として胸部の異常発達を選択したのか



おそらく

人間の体が犬や猫、牛や馬、サルなどと同じように、体毛で覆われていたならば

女子たちは胸部に異様な脂肪のかたまりをたくわえようとはしなかったでしょう

人間が体毛を捨て、ツルツルになることによって

セックスにおいて、「肌と肌の接触」という快感が生まれ

肌と肌、

生肉と生肉とがみっとりと触れ合うことがセックスにおける大きな喜びとなりました

この肉と肉との触れ合いの気持ちよさが探求されていくにつれ

女子の乳房(体毛に覆われていた時期でさえ、サルやゴリラと同じく、授乳の必要性から

多少はふくらんでいたでしょう)に触れることの気持ちよさにオスたちが目覚め

女子たちはオスたちの意を汲んで

その部位を発達させていったものと考えられます。
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