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少林少女


『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』を観に行ったら、

ちょっとしたミスにより上映時間ぎりぎりになってしまい、

それでもそんな超大作なわけじゃあるまいし座れるだろうと思ったら大間違い

主人公を演じている市原隼人なる俳優がいま大人気らしく

佐々木蔵之介と麻生久美子めあてにのん気にかまえていたわれわれは

「立ち見です」と通告されて退散したのでした



んで

代わりに観た『少林少女』。

たぶん100点満点でいうと40点くらいのできばえだろう、

しかし、『少林サッカー』が面白かったのと、

その二番煎じである『カンフーハッスル』が失敗していることから、

三番煎じであるこの作品は、

反省して改善されて面白くなっている、かも!

と、

ムシのいい計算をして

あわよくば60点くらいのできばえで・・・

などと祈るような思いで観たわけですが

なんともはや

100点満点でいうと



25点くらいかなー



いつもどおりありきたりのストーリー展開なのはいいとして、

ありきたりなりにサマになっていた『少林サッカー』とはちがい

ありきたりなストーリーすら成立してなくて

もやもや

もやもやーっとしたまま

たいして盛り上がることもなく

しゅるしゅるーっと、終わり。



しかし

柴咲コウはよかった

じつに一生懸命やっていたし、

少林寺拳法のフォームは美しかった。

『どろろ』のときも、驚きの好演で、駄作のわずかな光明になっていましたが

偉いもんですなあ。

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こゆびとを選定するにあたって

自分の欠点を補ってくれるような相手を求めるのもよいでしょうが

自分でなければ補ってあげられない欠点を持っている相手というのも

また魅力的なもので、惹きつけられてしまうものでございます



と、新しく始まった、テレビドラマ版の

『猟奇的な彼女』

を観ていて思いました。



とくに

もういいトシになって、自分の面倒くらい自分自身でみることができる

いい大人になってしまうと

あまり、補って欲しいとか満たして欲しいという欲求も感ぜられなくなるもので

そのような理由によってこゆびととか別に不要かしらと思うこともあるかも知れませんが

さにあらず

利己心が人の本能ならば

利他心も人の本能であって

自分の利益を求める幸せと

他人のために何かする幸せの、

両方が満たされていなければ、

人間としての円満な幸福は成立しないと考える次第

「自分がいてあげないと」

と思える相手を見つけることは

幸福の要件のひとつであるはず。

ハッピービレッジ(幸村)


ゴールデンウィークは

自宅で牡蠣になって

ごろごろうだうだ、朝は花まるマーケットをフルで観たり

午後2時の陽光を浴びて地元のしなびた商店街を散歩したり

夕方のドラマの再放送を観たり

ポルノ小説かいたり

そういうふうに過ごしたいのですが



そんなわがままが許されようはずもなく

奥様からの恨みがましい催促に追い立てられ

この週末は夜なべして泣きながら旅行計画を立てますた



なるべく人里はなれたさびれた何も無いところに行きたいと思いつつ

なかなかそんなところがすぐに見つかるはずも無いし

それなりに奥様も納得しないといけないので

選んだところは信州上田

別所温泉

わたくしの目当ては真田一族のふるさと上田城なのですが

奥様対策として温泉でカモフラージュ



さっそく池波正太郎の『真田太平記』一巻を購入して

やるからにはベストを尽くさねばならないと思います

あらたなる忍耐記がつづられるでしょう

マーダー


テレビで死刑制度の話をしておりました

この2ヶ月で10件の死刑が執行されたとか

上から下まで殺したがりばかりの国で困ったもの。



死んで欲しいやつはたくさんいるし

殺す価値さえないような極悪人もたくさんいるでしょうが

「正義による殺人」というものが制度化されているという現状には

人間としてどうにも背筋の凍るような恐怖を感じます

て、いつも言ってることの繰り返しだけど。。



極悪人には、「罰」として、または「報い」として

死が与えられるべきだと言いますが

死が必ずしも

「罰」や「報い」にはなるとは限らず

こないだ、岡山でホームから人を突き落として殺した少年は

「死刑になりたかった」と語っていたといいますが

自ら望んで自殺する人が年々増加している現状を見ると

死が

重い「罰」や「報い」になり得るという考え方は

いろんなものが欠落した発想だと思われます。



被害者や遺族の無念を晴らすため、というのも

なんかとってつけたような違和感を感じる

「無念を晴らす」というのが、刑法の意義、国家の使命として

やらなきゃいけないことなのであれば

痴漢とかセクハラとか

強制わいせつの類に関しても

「無念を晴らす」ための措置がもっと必要なんじゃないのか

思春期に性的暴力にあって、その影響で

人生狂ってしまった人を幾人か知っているけど

その犯人を捕まえれば、国家はその子の「無念を晴らす」ための

何かをしてくれるのか

そんなことはないだろうし

それが当然だと思う

国家が、個々人の「無念を晴らす」ための活動を始めたりしたら

世の中ぐちゃぐちゃになるでしょう

死刑のときだけ、「無念を晴らす」なんていう理由が

ひょっこり現れるのが不思議



まあなんにしても

国が2ヶ月に10人もの人を「正しく殺してる」ようでは

「命の大切さ」の意識も褪せていくし

凶悪犯罪も増える一方でしょう

お祓い


会社で、事故や不祥事が相次いでいるということで

神社から神主を呼んで

社内でお祓いをすることになりました



営業時間中に1時間もかけて

関係者を集めてお祓い

そんなことしてる間に、もっとやるべきことがあるだろう

と、Sボス様はお怒りである。



神さまや仏さまを拝むにあたっては、ふつう、

日々の心がけが大切であって

毎朝でかけるまえに神棚や仏壇に手を合わせて

「今日も事故なくしっかり働いてきますんでどうぞよろしく」とか

そういうのが信仰というものだと思う



日ごろはカネのことばかり考えて神仏に手も合わせないでおいて

やばくなってくるとわざわざ本社に神主を呼んでお祓いして

なんとか事故をまぬがれようなんて

ムシがよすぎやしませんか



もし神社が、かりそめにも信仰心というものを大事にするのであれば

そんなムシのよい申し出は断り、

毎朝神さまを拝むのが信仰というものだおろかものめと

叱ってくれそうなもんだが

しっかり代金をいただいて

のこのこ本社までやってくるあたり

ありがたい神さまとはあまり関係の無い存在であるにちがいない



会社のえらい人たちも、神社の神主も、

不信心きわまりないと言わねばなりますまい。

マッチング


あさ

あれほど「羞恥心」の歌を聴いたのに今ではもう思い出せません

よるは、最近おつかれぎみというか

壊れかけている我が部署の人たちを慰労すべく飲み会

しかし美食家が多い我が部署としては珍しくまずい居酒屋であった

思い出すだにきもちわるい



お友だちと話をしていて

すごく仲がいい、マブダチ同士のような夫婦なのにセックスレス

というケースがけっこう多いという話になる。

ぎゃくに、ケンカばっかりしている夫婦のくせに、夜は頻繁にやってるというケースもよくあり

セックスレス夫婦になるか、セックスばっかしてる夫婦になるか、

その違いはどこから生じるのであろうか。

それが現在の新たな研究課題。



性格的な一致・不一致もたいせつですが、なんだかんだで、

「体の相性」は、夫婦になるならばかなり重要だと思う。

むしろ、性格的には不一致で食い違い夫婦であっても

よる、

バッチリと充実したセックスができれば、なんだかんだでうまくいく気がする。

そういう意味で、

結婚する場合、とくに結婚したらすぐに子どもが欲しいと望んでいる人は、

「体の相性」を重要視すべきだと考えます。

「この人となら、末永くいつまでもセックスし続けたい」

と思える相手をさがすべき。
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